
「パーソンセンタードケア」。
この言葉を正しく理解しているセラピストさんは、どのくらいいるでしょう。
心理学や介護の現場に携わる方々はご存知かと思います。
パーソンセンタードケア(Person-Centered Care)とは、認知症をもつ人を、一人の「人」として尊重し、その人の視点や立場に立って行うケアを指します。字のごとく、「その人」を中心に考えるケア方法です。イギリスの心理学者トム・キットウッドが1980年代後半に提唱した考え方で、現在の介護現場の主流となっています。
そして私も恥ずかしながら、この言葉を知りませんでした。
思いがけず知るきっかけは、この春出版された1冊の翻訳書にありました。
翻訳を手掛けたのは、本誌で『セラピストの本棚』を連載中の寺田真理子さん(日本読書療法学会会長)。さらに、この翻訳書を日本で出すために奔走した人物こそが寺田さんだったと後で知り、大いに驚きました。
その本とは、『認知症と性とウェルビーイング』です。

『認知症と性とウェルビーイング ―パーソンセンタードケアの視点から』(ダヌータ・リピンスカ 著、寺田真理子 訳/ブリコラージュ刊)
タイトルを初めて見たとき、率直に言えば「これは読む人を選ぶ本かもしれない」と少し身構えました。
しかし序文を開けばすぐに分かります。これは「人間」の話であり、「愛」そして「人生」の話なのだと。
予め触れておくと、著者のダヌータさんは、認知症ケアやパーソンセンタードケアの現場に立ち続けた、エキスパートです。そして本書には、数々の認知症患者さんや介護職の方が登場します。彼らの視点で見た、さまざまな一人ひとりの「性」にまつわるエピソードが綴られていきます。
エピソードはどれも赤裸々で生々しく、しかし、いやらしいことや恥ずべきことだなんて発想には全くなりません。
むしろその眼差しの、なんて暖かいことでしょう。
暖かいのは、介助者の眼差しなのか、患者さんそれぞれの個性なのか、分かりません。けれど、読み終わるまでに何度か涙が止まらなくなりました。純粋で、いじらしく、微笑ましく、時に切なく。「人間って素敵だ」と何度も何度も頭をよぎります。

東京・渋谷「大盛堂書店」での、出版記念トークショーの様子。 “本のソムリエ”団長(左)と、寺田真理子さん(右)。寺田さんお気に入りのエピソードや、執念の出版秘話に会場も感動
それはなぜか。
記憶や認知に支障を抱える認知症の方々において、性の問題は、その人自身の人格の発露でもあるからです。
深い接触を求める人もいれば、ただ人の温もりに触れたい人もいる。自分の願望は失敗するかもしれない、誰かに笑われるかもしれないと不安に思う人もいる。でも、手放すことはできない〝自分そのもの〟を生きているのだから。
つまり性とは、誰もが自由に抱えることのできる、人格の核だったのかと知りました。
その人の人格の深いところと繋がっていて、その人の意思でしか開くことのできない大切な扉。
とりわけ日本では、「性」というだけでタブー視し、目を背けがちな文化があります。けれど、それを切り離した私たちは、ずいぶん味気ない人間じゃないかと、初めて気が付きました。
私たちの感性の、なんと閉じていたことでしょう。
偏見を取り払い、その人の丸ごとを見つめるとはどういうことか。人を癒す、人と向き合う仕事を選んだセラピストの皆さんにこそ、読んでいただきたい1冊として、今日はご紹介させていただきました。
そしてまたニクイことに、寺田さんの選ぶ言葉があんまり柔らかいので、心の柔らかいところにストンと馴染んでくれます。学びとしてだけでなく、癒しの体験としても優れているので、「心が疲れてしまった」「何も信じられない」という時にも、手にとってほしいなと思うのです。
編集部T















