第1回 北カリフォルニア、バークレーの森から

アメリカ西海岸の北カリフォルニア・バークレーに暮らす、民族植物学者でハーブ研究家のウィーバー佳奈さん。海外をフィールドに、さまざまな土地を訪れ、人と植物がどう関わってきたのかについて研究と対話を重ねてきました。
今回から月2回の連載として、植物たちと対話し、ともに暮らす日々の魅力、現地での暮らしの一コマ、日常生活に取り入れられる手作りハーブ・メディスンなどをお届けします。季節ごとにさまざまな表情を見せる植物たちの息吹きを感じていただければと思います。
文・写真◎ウィーバー佳奈
月桂樹の声に耳を澄ませて
「あとしばらくはこの森で暮らすことになるよ」
という声が月桂樹から聞こえたのは、近所の山道を散歩していた時のことでした——。
はじめまして。ウィーバー佳奈です。
私は北カリフォルニアのバークレーという小さな都市の、町はずれの森の中で暮らしています。この地域は1960年代のヒッピームーブメントやオーガニックムーブメントの中心地でもあり、自然と調和して暮らす意識の高い人たちが多く集まっています。
私自身は、植物の世界に惹かれ、植物界や自然界の言葉と人間界の言葉を橋渡ししながら人生の大半を過ごす中で、導かれるようにこの地で暮らすようになりました。
ここ北カリフォルニアでは、冬は雨季です。
森に入るとしっとりとした空気が身を覆い、地面のあちらこちらからそっと顔を出すキノコや、岩肌や木の表面を覆う豊かな苔・地衣類に目を奪われます。草花は一度枯れ、甘い香りの月桂樹や神話に出てきそうなオークなどの常緑樹が静かにたたずんでいます。
この季節、地表では生きものたちが静まりかえっているように見えて、地面の下では微生物たちが秋の恵みを醸成し、植物の種たちは水を蓄えながら春の日差しの夢を見ています。めぐる宇宙の中で、闇の中で休息して内側の光をあたためる冬は魔法のような季節だと感じます。
これから季節は徐々に春に向かっていきます。太陽の光が増していくとともに、肥沃な大地の中で眠っていた種が目を覚まし、山肌は黄色、オレンジ、紫色の花々や早春に芽吹く植物に覆われていきます。

民族植物学者・ハーブ研究家として
「私たちが自然界との関係性をどのように捉えるか、はとても大切なことだ」(“How we think about the relationship between the living world matters deeply.”)
これは、北米の先住民で民族植物学者のロビン・ウォール・キマラー氏の言葉です。
人類は歴史を通じて植物とさまざまな関係を結んできました。
植物たちは人類が地球に登場する遥か前から地球上に存在していて、人類の歴史はつねに植物たちと共にありました。先人たちは、植物の根を掘り、葉を摘み、乾燥させ、砕き、煎じ、焼き、植物の力を借りてきました。
今のような知識の蓄積のない時代から、見知らぬ植物を前に葉を齧ったり、実を割ったり、時にお腹を壊したりしながら植物と向き合ってきた人々を思うと、その途方もない道のりに気が遠くなります。
私自身は民族植物学者・ハーブ研究家として、世界のさまざまな場所で、植物やハーブを扱う方々から植物にまつわる伝統的な知恵を学んできました。
民族植物学(ethnobotany)とは、世界各地の地域で、「植物と人間がどのように関わってきたのか」を探求する学問です。植物と地域の人々の関係を、歴史や文化、経済活動、生態や植生などさまざまな視点から捉えます。
気候変動が各地で起こり環境が大きく変化している現在、私たちが先人の知恵から学べるものはとても多く、特に「私たちが植物とどのように関わることができるのか」を捉え直す上で大切なヒントを得られるように感じます。
私は「植物や自然界ともっと調和した暮らし方を知りたい」という思いから、カリフォルニアの大学に研究者として在籍して仕事をしていました。
しかし、これまでに世界各地の文化伝承者(メディスン・マン/ウーマン)や植物自身から授かってきた智慧が自分の手には到底抱えられないほど豊かで、もっと広く分かち合っていきたいという気持ちが止まず、2年半前に大学を辞め、ハーブや植物にまつわる知識を広める活動を始めました。

理論だけに頼らず、自分の気分に従ってみて
じつは私は、幼い頃から、植物と密かに対話をしてきました。冒頭で聞こえた月桂樹の言葉のように、植物から語りかけてくるメッセージがダイレクトに心や脳に飛び込んできて、私もそれに対して当たり前のように返答していました。
こうした植物とお喋りする習慣は、学校や社会の中で暮らす上で(特に実証主義の学術界で生きていく上で)支障をきたすことが多く、しばらく封印してきました。
しかし今の土地で暮らすようになってからは以前に増して鮮明に植物のメッセージが聞こえるようになり、対話を再開しました。今は学術界で培った科学の視点と、感覚的な視点の両面から植物を捉え、植物の魅力と可能性をお伝えしています。
一説によると、私たちの祖先は現代に生きる私たちに比べて、8~10倍の植物由来の化学成分(Phytonutrients フィトケミカル、ファイトニュートリエント/植物栄養素)を日々摂取していたそうです。
昔の人々は、今に比べて圧倒的に多くの時間を自然の中で過ごし、多様な植物を暮らしの中に取り入れていたはずです。
もしも今、心や身体の面でバランスを崩している方がいたら、身近な人に力を借りるように、植物のサポートの力を借りるという選択肢を身近なものとして取り入れていただきたいです。私たち人間がそれぞれ特技を持つように、植物にもそれぞれ固有の強みがあります。
また、その時の自分の心身のコンディションに共鳴する植物、その時に必要な学びやメッセージを運んでくれる植物、ご縁のある植物たちが自分の暮らす場所に生えていたり、目の前に現れる、ということはハーバリストの世界でも多く言われています。
すべての癒しや変容は、「出会い」から起こります。日々の中にハーブや植物を取り入れることは、新しい世界への扉となるはずです。

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この連載では、カリフォルニアでの「植物とともにある暮らし」のかけらを少しずつ綴っていきたいと思います。今後も楽しんでいただけましたら嬉しいです。
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ウィーバー佳奈さんによる連載は月2回、次回は3月上旬に配信予定です。
Profile
ウィーバー佳奈さん
植物研究者(民族植物学・環境学)。東京大学とオランダ・エラスムス大学で修士号を取得、カリフォルニア大学博士課程で環境学・生態学・民俗学を横断的に研究。2015年よりアメリカで暮らし、ネイティブアメリカンのコミュニティから伝統知を学ぶほか、アフリカ・中米・欧州などでのフィールド経験を持つ。現在は大学を退き、ハーブによるセルフケアやウェルビーイングをテーマに、SNS、YouTube、雑誌、講演などで発信。科学と伝統知、感性の両面から植物の魅力と可能性を伝えている。
●Seed from Earth hhttps://www.seedfromearth.com/
●Instagramアカウント @seedfromearth









